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・幸佐
・幸村と政宗が密約を結ぶ話
・幸村伝のPVを観て「髪の毛と六文銭どこ行った???」ってなったので、どこへ行ったのか考えた
・六文銭がない+兄が出る
・もしや:大坂では兄を憚って旗印に六文銭を使わなかった説
・幸村は本家真田を憚って、総赤に金線の旗を使ったという
・だから陣羽織が赤と黄色なんかな???
・そういや政宗も兄だな…
・兄も大変だが弟も大変だな…
・基本妄想
・やや史実通説その他を援用
・と見せかけて、割と時代と身分がぐっちゃです
・佐助の諱(幸吉)は、講談か何かが初出だと思います
・私が付けたわけではない
・佐助以外にも由利鎌之助とか架空系十勇士が諱に「幸」の字をもらってた気がする
・そういうの好き
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拳をついた床は、落日の光が映って、ぬめるように赤かった。
「真田左衛門佐殿配下、猿飛佐助幸吉が行状について、此度斯くの如く裁定致す」
頭を下げたまま、幸村は目付奉行の声を聞いた。
冬だというのに障子も立てず、西日がてらてらと油のように床を這う。虫も鳴かず、鳥も鳴かずはいいとして、しんと静まり返って人の気配もなかった。
猿飛佐助幸吉。
その名を、人の口から聞いたのは初めてかもしれない。
佐助に、名をやった。
それは信玄が伏せってしばらくのことで、別に誰に相談してのことでもなかった。単におのれが一軍の将に就くとなって後、ふと思えば、これを副将に据える、とした男に、名がなかった。
だから、名をやった。
「猿飛佐助幸吉、重敲の刑に処す」
笞打ち、と表情も変えぬまま、幸村は宣告の声を聞いた。
「貴君ならびにお相手方郎党お立ち会いの下、執行するものとする」
大坂の冬は雪も降らず、日も照って、生ぬるかった。元より十や二十の軽敲で済むとは思っていない。ならばいっそもっと冷えればよいものを、と幸村は床に映る影を見つめた。膿や腫れの傷は、その方が治りが早い。佐助は痛みにはよく堪えたが、熱を出すとひどく苦しがった。
「ついて」
大坂の日はだるく、赤く、床の上にのびる。
「執行の期日は明後日」
その中を、目付の声がとろりとぬけた。
「猿飛佐助幸吉、重敲きの刑に処す」
幸村は、ただ低頭したまま、その声を聞いた。
佐助には、幸村の名をやった。
*
大坂は川のにおいがする。
それが目玉のくぼみに溜まるような気がして、政宗は顔を歪めた。
「シット。城の中までこの湿気臭えのはどうにかならねえのか」
風が抜けないわけでもないというのに、この城は暗い。影の代わりに、形にならない霧が溜まっている。石垣の隙や柱の裏、薄く、暗く、川の穢れが溜まっていた。
「恩讐の類でしょうかな」
本丸を出る橋を渡りながら、小十郎は飄然とした顔で気味の悪いことを言う。
「本願寺を潰して、太閤殿が普請をし、それもまた道半ばで主を替え……。挙げ句よりにもよってここは淀川の真横とくれば、まあ、自然のことかもしれませんな」
「……おい」
「川伝いに全部流れて来たのやも」
「おい、やめろ」
「なるほど難波とはよく言ったもので」
まだ薄闇の中、堀の水面が生き物のように揺らめいた。
政宗はこういう暗い光が苦手だ。
上から下から、一千を超える流れを集めて淀む川。そして曰く、海に出でようにも浪は速く、波は難く、凪いでは油の如く、荒れては華のように波頭を散らす。月が満ち、月が欠け、潮が引き、潮が満ち、その度ごとに混じり、腐り、遡る。
「こういう土地は溜まると言いますが」
小十郎は渡り終えた堀端で、あからさまに何かを避けた。
「……おい、小十郎、おまえ今何避けた」
「いえ、別に」
「小十郎」
主の声に少し悩んで、龍の右目は首を傾げた。
「……かたまりですかね?」
何のだ、とは問わないまま、政宗は額を押さえた。
「こんなことなら煙草を点けてくるべきだったな」
「さあ、煙草が堪えるなんてのは所詮薄いやつらだけですよ」
「へえ、そうかい」
ここでは無駄か、とそう思うとおかしかった。
「ですが、どのみちここでは月に負けてしまうでしょうから」
月か、と政宗は自分の影を見た。
のたり、のたりと二人の後をついてくるように、堀の水が揺れる。
誰の指図か知らないが、大坂の城には草木がない。普通なら城攻めに遭った時を考えて、脂用の松くらいは植えておくものを、本当に苔や芝草の類も見当たらなかった。ただひたすらに、延々と石と砂と、乾くことのない暗い水。
あの男は、地獄に城でも築いたつもりかと、風の止まった白壁の通りを歩いた。
いつの頃からか、大坂は月が沈まなくなった。
「小十郎」
いや、単に、あの男にはもう地獄も現世も違いがないのかもしれない。伴天連の耶蘇のように、あれにとっての天主の失せた世など、憎しみを詰めるだけのうつせみなのだろう。そも、その亡き太閤の城を攻めようなどと許すはずがない。怒りで脚を燃やしてこの世の果てまで追い詰める。
ならばどうせ松など不要か、と一際囲いの高い屋敷で足を止めた。
「開けな」
もうあれにとっては、この城が天主から遺された唯一の聖蹟なのだ。
礼拝のためだけに、新しく造り続けられる遺跡。
「ご立派な構えじゃねえか」
黒塗りの門が軋む。
そんなところに混じるような男ではないと思っていたのだが、と政宗は虎の男の顔を思い浮かべた。そういえば、あれもまた、別の宗旨の天主を持つ身だったか。
「……政宗様」
傲然と顎を上げて、政宗は笑った。
心中が知れれば、これはきっと激するだろう。
政宗は端から王として生まれた。
王は、奪うために在る。
「通る」
開いた門の向こうは、何の火も焚かれていなかった。
なるほど、と政宗は唇を歪める。
本丸からここまで、人はおろか、夕飯の煙さえ匂わなかった。誰もいない。今ここに奥州筆頭とその右目、双龍が並んでいることを知る者は、采配をした者の他にない。
もしあれば、それはどちらかの敵だ。
ただ、月だけが見ている。
不意討ちをおそれたのか、小十郎がちらりと壁際に目をやった。
「無粋な真似はいらねえだろう、小十郎」
「左様でございましたな」
赤も、白も、今この城に巣くう両雄は、どちらもそういう仕打ちを疎んじた。
けれども政宗は、そのどちらもが可愛い影を飼っているのを知っている。
何もない。一面に広がる白砂はただ光る。
無数の砂粒の下で、暗い隙間が、小さな歯で互いを噛んで音を立てた。
「悪いが案内を頼むぜ」
それを殺すように、踏み出した一歩が、見えない雷光を宿す。
西の闇は、共食いの性だ。
夜になるほど、影が影を喰らって、闇が煮える。太らず、倦まず、落日の中でこそ、煮えてうつわを滾らせる。
そうしていつの間にか、美しいほどの色になる。
「どちらまで」
番所の役人は政宗の顔も見なかった。
「少しばっかり、ましらを撫でに行ってやろうと思ってな」
「へえ、ましらを」
男はそれきり口を利かなかった。
ああ、これは一生この夜のことは他言しないのだろうな、と政宗は笑った。
太閤の軍師が、そういう人間を育てるのが上手かった。
そう思うと無性になつかしかった。
この月はあの男の目に似ている。